総務に就けないのなら死にたい

カスタマーサポート職に従事していますが総務職への転職希望です。日々の想いを書き綴ってますが愚痴も多いのでご注意ください。

男と女どっちが得かという二元論は意味が無い

生まれつきの性別に優劣も損得も無いが、相性ならある

金持ちの家に生まれれば得だ。

というのは一般論として明らかで、逆に貧乏毒親のもとに生まれればハードモードな人生になるのもイメージしやすい。色々な例外ケースはあるにせよ平均化すれば、家計は数値の大小で優劣が付けられるものである。

 

対する性別は、男と女という離散要素でどうにも優劣が付けられないし、そもそも付けてはならない。

何故インドや南アフリカで将来的な経済発展が見込まれながらもいまいち先進的なイメージが付かないのかと言えば、カーストや人種問題という先天的な差別が残っていて「今風ではない」というのが一因としてある。

障害、血液型、そして性別も同様で天から授かったもので人を差別することは古い考えで、英語版のFacebookだと性別欄で男女以外にも50種類くらいの性別が選択できるわけだが、

先進国の一員たる日本の男女差については議論を呼んでいる。

 

ネットを見てみると「男の方が得だ」「いや、女の方が得だ」という対極の議論同士がぶつかっているが、 男と女が1:1しかいないのに、どっちが得とか損とか明確なものあるのだろうか。そしてこの人達のポジションは何だろうか。と思ったりする。

 

私の考えを述べると、性別による「損得」は無く、あるのは「相性」だと思っている。

自分のライフスタイル、性格、目指す生き方、ファッション、なりたい職業など、

「こうありたい」「これが自分には合う」といった理想像に対し性別が邪魔をする場合、それは生まれ持った心の性別と肉体としての性別が合致していないのだろう。

金持ち貧乏イケメン不細工まで十把一絡げに「男」と括って、男性は損ないし得だとか語っても仕方がない。男性という性別を心から楽しんでいる男もいる。

女性の場合も然りなので、要するに個々人の主観で、生まれ持った肉体、戸籍としての性別に対し、自分がハマるかハマらないか。これが性別の相性で自分のジェンダーに胸を張れるかどうかだ。

思うにこれがハマらなかった人達が「性別による損得」をあげつらっているから論争がかみ合わないのだと思う。

 

自分の性別にハマるか、ハマらないか

たとえば男性という性別にハマっていない男性Aが女性性に嫉妬したところで、女性という性別にハマっていない女性Bからしたら、「いや、女性も大変やで。苦労してるんやで。」と返ってくるのは明らかだ。

そして、男性という性別にハマっている男性Cからすれば、男性Aの悩みは理解できないだろう。「俺は男が楽しいけどなぁ?」と。

こうして泥沼の「性別どっちが損得」論戦が一方通行で繰り広げられていく。

 

なんとか知恵袋みたいな質問サイトにも同様の傾向はある。

「私は男性になりたいんです」と言う潜在FTM女性の悩みに対し、「男性は甘くないぞ。」的な返答をされているのを見て、もちろん親身に思った回答がコレなのかもしれないが、端から見ていればそういう答えを誰も求めてないだろう、と思ってしまう。

男性になりたいという願望がある事からして、(一時の気の迷いでもなければ)生き方が男性的だったりそれを理想としている女性なので、女性の生き方にハマらなかったのだ。神様が間違った人形に魂を埋め込んでしまったのだろう。

仮にこの人が、心はそのままに肉体だけ男性に生まれ変わったとしたら、男性的な生き方であればガッチリとハマるので、男性性の持つデメリットをメリットで上書きできる。すなわち「男性は甘くないぞ」という回答はまったく響かない。

 

性別のメリット、デメリットという言葉は損得勘定のようだが、確かに男にはメリットとデメリットがあるし、女にもメリットとデメリットがある。

その点において男女平等の定義は以下が考えられる。

 

1.「それぞれ性差のプラスマイナスが相殺されてゼロになること」

2.「そもそもメリットとデメリットという性差自体が無くなること」

上記の「性別に相性がある」論は、上記1番のように性差がある前提の世界に対してのアンサーとなる。

上記2番の場合そもそも性別に付与された役割が抹消されるので、社会において性別が男女混ざり合い無効化される。戸籍欄から性別が消えるようなもので、「男性らしさ」「女性らしさ」といった呪縛から解放される。これが実現すれば、幾らかの人間は「自分の性への違和感」が無くなり性転換なども不要になるのかもしれない。

ただしこの場合でも肉体としての性別は残るので、「胸が欲しい」「純粋に男性の肉体になりたい」みたいな身体構造への違和感がある場合は解決できない。

(※第三の選択肢として、手塚治虫のSFみたいな話だが、人間の肉体がバーチャル化するとか、あるいは極度に変形してしまいロボットで活動するみたいな世界になれば、肉体としての性差もいよいよ無くなり、真なる男女平等が訪れるだろう。)

 

男性はフェミニズムを恐れる必要は無い

俗に言う「フェミニスト」の人達が目指す男女平等は上記2番が該当する。

 

フェミニズム、というと怖いイメージを持たれる人も多いかもしれないが、本来合理的で理知的な発想だと思う。

そもそもフェミニズムというのは主婦から労働者への転換で、女性の社会的地位を男性と同レベルにまで引っ張りあげる考え方であり、権力には表裏一体で義務が引っ付いてくる。

それを享受した上での男女平等であって、庶務の女性パートが男性部長並みに給料をくれ!と愚痴るみたいなレベルの話ではない。

庶務の女性パートがメキメキ実力を上げて本人もバリバリ働きたいと願うなら、より責任感のある仕事を任せステップアップさせ、男性部長並みの給料を狙えるようにする。というのがフェミニズムであり、そこに「キミは女性だから○○は出来ないでしょ」という偏見や、産休からの復帰を妨害するとか、そういうのはやめようね。という事だ。

そもそもマタハラとかいって国の宝である出産・育児層を無碍にしていたらこの国は滅亡するし、「女性が活躍できる社会を作りましょう」という活動がフェミニズムであって、男性に攻撃的なフェミニストは過激派なんだと思ってる(が、そこらへんの界隈に詳しくないのでこれは憶測)。

 

フェミニズムが進めば進むほど相対的に男性の価値はダウンするので、これを危険視する男性は多いと思うが、逆に言えば女性が強くなれば、男性が女性に頼ることも出来る。

これはあながち男性にとって恐怖の制度ではなく、たとえば共働き夫婦であれば二馬力で家計を支えるので家長としての責任感からブラック企業に命を埋める必要が無くなり身軽に転職できる等、人生設計に潤いが出てくる。

日本の女性は専業主婦への憧れも強いので、フェミニズム思考の浸透まで時間がかかるとは思うが、どっちみち生産人口の減少に悩まされている我が国にとってフェミニズムは国策とも言えるので、このトレンドに逆流することは出来ない。

 

本能の壁を飛び越えられるか

とはいえ、上記2番の平等には生物学的な問題がある。

男は筋肉質、女は出産する、みたいな身体構造からして違うし、恋愛心理学にしても原始時代の本能が尾を引いているとする。こういった生物としての本能は、「真なる男女平等」という高邁な理想の前に大きな壁として立ちはだかる。

そういう意味では「労働者と専業主婦」といった夫婦の形は大枠では理に叶っているような気もするが・・・・どっちみち日本の国策から逸脱するし、性別による差別は「カースト」「人種差別」と近いので、現代において後進的なイメージを持たれる。

よって「生物学的な性差」は我々が高くジャンプして越えなければならない壁、という事なのかもしれない。

 

「肉食女性」「草食男子」「同性愛者」といった原始時代には想像できなかったであろうライフスタイルを実現させるダイバーシティが世界の潮流なので、この舵取りが正しい方向に進むならば、男女差に悩まされない世界が到来するのかもしれない。